競争回避

10月 17th, 2017

私の諸々の社会的属性、職業、学歴、業界内での位置付けあたりからすると、特異かと思いますが、私は競争や勝負事があまり好きでなく、モチベーションの原動力としても微弱です。

おそらくのところ、人格形成期初中盤において勝負に勝てないことが続いて競争回避的になった上に、人格形成期終盤に試験能力はあることに気づいた後は、他人と競争するような環境にいなかったことに由来するのではないかと講釈付けしています。
勝負に伴う感情がないわけではなく、勝ったことによる喜びよりも、負けたことの苦痛や負けさせたことに対する苦痛が予感されて、面倒になってしまうというところかと思います。

例えば、スキーは好きなのは、スポーツの中では珍しく、人様と勝負もせず、時間等の数値とも比較されずに、行うことができるからかもしれません。ここ何年か水泳も続けていますが、時間を図るという行為とは無縁です。

弁護士の仕事を回避して経営仕事に専念するようになったのも、おそらくは同根かと思います。なお、当事務所の他の弁護士は闘争心・競争心にあふれていますので、ご安心ください。

では、事務所運営において、競争心はどうなんでしょうか?
ありがちな経営理論としては、「一番か無か」的な理論です。一番のみが大きな利益を手にすることができる、一番でなければ経済変動で潰れるといったあたりです。よく、日本で一番の山が富士山であることは誰でも知っているが、二番目に高い山は多くの人が知らない、なんて例が出ます。こうなると競争心は、とても大切ということになります。

でも、一番というのはそいつがいなければ、二番のやつが一番になるだけであって、そいつがいようがいまいが根本的にはどうでも良い話です。富士山がなければ、北岳が一番の山になるだけのことです。

でも、富士山の例で言えば、北岳が日本一であれば、富士山のようになれたかというと、きっとなれないと思います。せいぜい、信濃川(日本で一番長い川)の仲間にしかなれないでしょう。

競争心が強い人にはピンとこないかもしれませんが、富士山は一番高いことだけがすごいわけではないです。単に一番高ければ富士山になれるわけでありません。台湾が日本領だった頃は、富士山は日本一高い山ではありませんでしたが、それで富士山の価値が落ちるわけではありません。
(なお、このように書くと富士山大好きで、北岳くだらないと思っているかもしれませんが、北岳は私の登山時代のクライマックスとして、バットレスに登りましたので思い入れの強い山です)

ということで、一番になるとか、数値との勝負で大きくするというのはイマイチ魅力が乏しいと思えます。どちかというと、びっくりさせる、度肝を抜く、感動の涙を流させる、誰も考えていないことを引き起こすといった方向性の方が、成功に対して痛快さを感じます。

当事務所の運営としては、できるだけ競争を回避して生き残りつつ、いつかは当事務所がなければ生じ得なかったようなこと(もちろん良いことで)を起こした(起こし続ける)事務所と言われることを目指していきたいと思います。

アディーレ業務停止 本当に問題なのは

10月 12th, 2017

アディーレ法律事務所が業務停止になったようです。

以前からデタラメだなと思っていましたが,現実になりそうです。

今回の件で,一番迷惑を被るのは,同法律事務所に依頼した方々です。
いきなり依頼していた案件を放り出されるわけですから。

懲戒処分になるような事務所に依頼したから悪いのでしょうか?
そんなこと言われても困るでしょう。

そもそもこんなことになってしまうのは,業務停止の懲戒処分ですべての事件をやめなければならないということにしているからです。
誰がしているかって?弁護士会です。
その事務所に依頼している依頼者のことなんて,ほとんど考えていないことなんて明らかです。

貸金業者なりなんなりが,監督官庁から業務停止になることはありますが,たとえば新規貸付業務の停止であって,すべての顧客との取引の解消なんて無茶苦茶なことは要求しません。

条文上,貸金業法は「その業務の全部若しくは一部の停止を命ずることができる」(24条の6の4)に対し,弁護士法は単に「2年以内の業務の停止」(57条1項2号)とあります。

弁護士法上,全部の業務の停止とは書いていないので,一部の業務の停止処分もできると解することもできるでしょうし,それが難しいのであれば弁護士法の改正を働きかけることは容易で,その改正に反対する外部者がいるとは思えません。

つまるところ,弁護士業界の監督機関は,国民が弁護士を利用しやすいように監督するのが目的であるにもかかわらず,
弁護士利用者に過大な負担がかかる懲戒処分制度を改善する気がさらさらないということです。

もっと債務整理が多かった時代は,非弁提携といって弁護士以外の業者から大量の依頼者の周旋を受けていた弁護士の業務停止がちょこちょこあって,同じような問題がでていました。
これも大規模ではあったのですが,アディーレ法律事務所の業務停止となると,遥かに大規模で,業務も債務整理に限らないので,順調な引き継ぎがなされるか懸念されます。

今回のことで,アディーレ辞任の被害にあった方は,その矛先をこのデタラメな制度に向けて欲しいところです。

無知の知

10月 10th, 2017

すべてのことはソクラテス・プラトンで語られている,という哲学文献学者的な発想があります。
その後の哲学者が色々言っても,本質的なところは既にソクラテス・プラトンで指摘されている問題だということです。

さて,脳の仕組みだったり,統計だったり,と色々勉強してくと,結局のところほとんど何も分からないのではないかという気持ちが強くなります。本来わかり得ないはずのことを,わかるかのように誤解する強いバイアスを人間の脳は持っていて,何かが分かる気になっているだけということです。
先々のこと,経済のことでも,政治のことでも,国際情勢のことでも,人間は色々と語りたがります。このような将来予測の能力を人間が有していないことは明らかです。それでも,夢中になってあれこれと思いをめぐらし,本気になって怒ったり,不安になったりします。
もちろん,それが人生の醍醐味というところでもあるので,黙る必要はないでしょう。

でも,責任を持たなければならない仕事となると話は少し変わってきて,もう少し知的に誠実になる必要もでてきます。
わかり得ないことはわかり得ない,無駄なことは極力しないということが肝心になってきます。

そんなことを考えていると「無知の知」というある種使い古された言葉も新鮮味が出てきます。
自分の馬鹿さ下限を自覚してもっと勉強せえ,ということではなく,わかり得ないことはわかり得ない(ヴィトゲンシュタインのようになってきますが)ということを常に自覚することが大事だと思います。脳はわかり得ないことを,わかるかのように,色々ともっともらしい理屈をつけて意識に送り込み続けるからです。

かといって,人間には何もかもわからないかということ,そうでもありません。高いところから飛び降りれば,大変なことになることは絶対確実ではないにしろ,ほぼ確実です。

つまり,事務所の運営という私の仕事で大切なのは,ほぼ確実といえるわずかなことを出来る限り見つけていくこと,それ以外のことは分からないという自覚を常にして無駄なことをしないことだろうかという気がしてきています。
今のところ,ほぼ確実かなと思っているのは
赤字になることは継続できない。
人は増やさないとと増えない
宝くじは買わないと当たらない(新しい事業はやらないと新しい事業ははじまらない)
時間は限られていて,できることには限りがある
というあたりです。他にも何かないか考えるようにしています。
それ以外の多くのことは,本や人が語ったり,自分の頭の中も色々理屈がめぐりますが,考えるだけ無駄なことが大半なのかもしれません。
考えるのが無駄ということをふまえれば,占いやジンクスも,むしろ,神秘性があったり,結論がでるのが早い分,有効な場合もありそうです。

以前にも書きましたが当事務所は会議はほとんどしません。
それは,上記の理由もあります。
考えても分からないのであれば時間を浪費せず,決めなければならないことは責任者がエイやと決めていけばよいということです。

そんなふうに思っていると,今度は「無為自然」なる言葉もでてきて,昔の人はえらいものです。

個人法務へのこだわり

9月 13th, 2017

当事務所の特徴は,個人法務にこだわっているということです。
他にも個人法務をたくさんやっている事務所はありますが,相当程度の顧問先があって,ある程度(3割でも5割でも)顧問先なり有力紹介先があるような事務所であれば,
人情として1級顧客(顧問先の紹介であり,決して失礼のできない相談者・依頼者)と普通顧客(1級程の緊張感が伴わない相談者・依頼者)という区別が生じることになります。

そこで,はじめて弁護士を依頼せざるを得ず,自分で弁護士を探して当事務所を探して来た方に誠意をもって接する上では,個人法務に重点を置くことが大切だと思っています。

なお,「そうなると弁護士を探すにはやはり紹介だな。そうすると大事にしてくれる」と思う方もいるかもしれませんが,実は違います。
そのような場合,弁護士の考え方としては「得意な分野ではないが,紹介があるし断るわけにはいかないので受任しよう」→ほとんどわからない不得意分野でも依頼を受けてしまう。
そういう状況で後悔して,当事務所にセカンドオピニオンを求めてくる方は珍しくありません。

または「相談者が言っていることは裁判では通らないが,断るのもカドがたつので依頼を受けて提訴してみよう。負ければ納得されるだろう(変わった裁判官にあたって勝つかもしれないし)」→弁護士費用がかかった上で当然のごとく敗訴。
しがらみがなければ,気分を悪くされることも承知で「無理なものは無理。お金の無駄」と説明します。

そんな次第で,社会全体として,個人法務の一流の弁護士事務所の存立基盤を考えると,紹介先中心でない業務体系をもった事務所ということになるのだと思います。

もっとも,何事も例外があります。当事務所では建築分野については,建築士兼弁護士の吉岡津が所属していますので,建築分野については顧問先中心業務を行っています。

エースと4番は出会うもの

9月 12th, 2017

弁護士の採用活動の流れが変わってきたようなので,このたびは早く動き出すことになりました。
季節外れな感じもしますが,少ししたら採用活動にいそしむことになりそうです。

当事務所のコンセプトである「個人法務のリーディングファームを目指す」という観点からすると,
将来なんらかの分野の第一人者になるような方,なるのではないかと思わせるような方,
せめて「意外にああいうのが大物になるんだ」というような方を採用することが採用方針になります。

第一人者を育て上げるというような,おこがましいことは考えていません。
事務所にできるのは,そういう人が(おのずと)育っていく環境を整えることだけだろうと思います。

おそらく当事務所は,個人法務分野では,そのような方がのびのびと能力を発揮する環境としては,
事件の内容,他の弁護士の関与の程度,仕事上の裁量等様々な面で最良だろうと思います。
なにしろ,そういう観点で事務所を運営していますので。

素晴らしい人に出会うことを期待しつつ,季節外れの採用活動に向かおうと思いながら,当ブログに事務所紹介的なことを書いていこうと思います。

タイトルは野村克也さんの言葉です。

4K

8月 21st, 2017

今の家に引越して14年程経ちます。その頃買った家電製品が最近どんどん壊れていきます。大きなところでは,リビングのエアコンとテレビです。
それなりの出費で困るのですが,新しさに対する好奇心で多少なりとも埋め合わせをしてくれればと思います。
特にテレビは,HDMI端子すらなくて不便だったのですが,今のテレビはそのような接続も必要ないくらいテレビ単体でなんでもできそうです。とはいえ,最近テレビは大河ドラマと朝のニュースと朝のドラマくらいしか見ておらず,子どもの勉強諸々の生活パターンからすると,これ以上テレビを見る時間が増えることもなさそうです。

家電製品同様,体も色々ガタが増えてきて,今のところ交換はできないので,なんとかやり過ごすしかありません。ここ何年かは定期的に肩が痛くなります。いわゆる40肩とか50肩の類かと思います。この土日は,とりわけひどくて,普段土日の行っているドライブや水泳といった活動,さらには疼痛により読書も集中力を欠いて駄目です。

というわけで,最新のテレビをしっかり味わってみることにしました。
アマゾンプライム会員なので,結構色々と無料でみることができます。今までのテレビだとアマゾンプライムビデオの装置(電源が必要)を,HDMIと何かの端子の変換コネクター(これ自体にも電源が必要)を接続して(電源が足りないので,延長コードをリビング横断させて)と結構面倒だったのですが,新型ではテレビ自体でみることができます。
で,4K映像というものをみてみましたが,確かにだいぶ細く写ります。人間の肌は,女優だろうがなんだろうが徹底的に凸凹しています。つまり現実に人間がみているものよりも詳細なものが目に飛び込んでくる感じです。そのあと普通のハイビジョンをみましたが,今まで細かいとおもっていた映像が細かく注意するとぼやけて見える気がします(たとえば,髪の毛一本一本の明確さ等)。こんな細かさが必要なのかはよくわかりませんが,それなりにびっくりしました。また,これだけの細かな画像を無線LAN経由でストリーミングで見ることができるのも驚きです。さらに,アマゾン自身が色々番組を作って配信している(しかもプライム会員はこれを無料で見ることができる)ということも初めて知りました。番組制作配信といった業界もアマゾンと競争しなくてはならなくなっているようです。

肩の痛みはさっさと消えてほしいですが,普段とは違う土日を過ごすきっかけにはなりました。

追記:これを書いて少ししたら湯沸かし器も壊れました。なかなか大変です。

低迷

7月 12th, 2017

久しぶりにスワローズネタです。

どうにもならないくらい低迷しています。
が,実を言うと一昨年に一瞬優勝したので目がくらんでいますが,その前は2年連続最下位なので,長いこと低迷が続いているというのが正確なところだと思います。
その原因も個人的は明らかだと思っていて,2年連続最下位のあたりで,その原因に思い当たっていたのですが,思わず優勝したので自分の考えが誤っていたのだと思いました。
でも,一瞬の優勝があっただけで,やはり駄目なようです。

で,その原因は監督だとか,投手力だとかそういった問題ではなくて,スタッフ全体の人事政策だと思います。
低迷期開始あたりから,スワローズのコーチや監督はほぼすべて(完全にすべてかも)ヤクルト元選手です。
ヤクルトと無縁でも能力のあるコーチを連れてくる気は全く無いようです。
つまるところ完全に発想が内向きで,これはおそらくコーチ,スカウト,渉外担当,健康管理等のありとあらゆるスタッフがこのような考えをもとに職務に配転されているのだろうと思います。
低迷の表面的な原因の第一は,若い選手が全く育っていないことです。ここ何年かのドラフト1位で戦力になったといえるような選手は2010年の山田哲人以来いません。この年だってクジがあっていたらハンカチ王子が入団して戦力にならなかったと思いますので,その前だと2007年の由規ですので,それ以来10年にわたって戦力になっていないことになります(野手であればレギュラー,先発投手であればせめて1年でも10勝あたりを基準)。つまり,スカウトが全く機能していないのは明らかです。
そして,ドラフト2位以下の選手,特に高卒の選手を丁寧に育て上げる育成能力も全く機能していません。これも,山田中村以来2軍でじっくり育てて一人前になったような選手は出てきていません。概ね,1年目にパッと僅かに活躍仕掛けて,その後見なくなるという状況が何年も続いています。2軍コーチに育成能力がないことは明らかです。
次の原因は,怪我が多すぎること。この原因はよくわかりませんが,少なくとも内輪の論理を優先して,怪我を抜本的になくすためにやらなくてはならない,誰が嫌がる人事が行われていないのだろうと推測されます。

というところで,このあたりに大鉈を振るうようなことをしない限り,監督を高津や宮本や古田にしたところで変わらないだろうと思います。
むしろ,監督を外部から連れてきたほうが,何人かは外様のコーチもはいるだろうから,少しは期待がもてる気がします。

ヤクルトのぬるま湯な人事政策は,私は好ましいと思っています。野球選手とはいえ,ヤクルトに入団した選手は選手をやめてからもそれなりに考えてもらえているようなので,とてもよいと思います。でも,本当を言えば野村ヤクルト時代の選手のように,準レギュラークラスでもコーチとして他球団から引っ張りだこになるような状況こそが理想だろうと思います。
また,素質ある選手がまともな育成もなされず,なんとか育っても怪我をしやすい環境で野球をせざるを得ないというのはどうみてもよくありません。
元ヤクルト選手の生活保障という点では大事にしてほしいのですが,ある程度は野球の現場以外の仕事をしてもらって,野球の現場には波風を立てるが有能な外様をもっと多く入れてほしいと思います。

自動運転技術を信号機に

6月 19th, 2017

車の自動運転について,話題になることが多くなっています。
私も,かなり便利な運転アシストに助けられています。
とはいえ,さらなる発展には色々とデータ収集も必要なようです。

ところで,自動運転にあたっては歩行者等の動きを認識することが必須で,そのセンサーを安くするにはできるだけ量産することが望まれましょう。
であれば,まずは信号機につけてもらいたいものです。

信号機も,少し前までは,押しボタン式にしたり,感応式にしたりと,なんとか無駄な赤信号を防ぐ努力が行われていたようですが,ここ数十年は完全に改善努力をサボっているようです。
強いていえばLED化程度の非本質的な改良程度でしょうか?
未だに,誰も渡らないのに歩行者用信号のために車が赤になったり,全く交差道路に車が来ないのに赤信号を待っていたりということがあります。
このような問題は,自動運転に搭載予定のセンサーを信号機につければ,簡単に解決する問題のはずです。
信号機に必要なレベルの認識すらできないのであれば,車はうごかせません。信号機であれば認識漏れがあっても,赤になる時間が長くなるだけです。その場合には,すぐに苦情がくるでしょうから(その番号もしっかり広報しておけば),センサーの問題の検証にはうってつけでしょう。 ,

政府主導で自動運転を推進するのであれば,政府が関与しやすい信号機についても旗振りをしてもらいたいものです。

 

共謀罪より過失

5月 19th, 2017

共謀罪について,色々と反対意見等があるようです。
実際に大変なことになるかは,私にはわかりません。

ただ,実際に今運用されている法律の中で,それなりにデタラメ感があるのは過失責任という考え方です。
民事上は,過失によって人に損害を与えれば,その損害を賠償することになっています。
刑事上は,過失によって人を傷害するなりすれば,処刑されます(特に,「業務」という意味不明の要件がつく場合は重罪です)

過失というのは「わざとではない」という消極的な要素もあるのですが,過失があったかなかったかについては,次のように考えることとされています。

損害を与えるなりの結果が予測できたかどうか→結果が予測できたのであれば,それを回避するためにどのような注意をするべきだったか→その注意する義務を怠ったら過失あり

ということです。
結局,問題となるのはどのような注意義務があったかということで,これが交通事故の場合であれば,その注意義務の内容は道路交通法に細かく規定されています。

でも,交通事故以外の多くの場合,あとから裁判所が状況を判断して,このような注意義務があったと決めて,遡及的に処罰します。
人間(人間が裁判官をやっている場合は裁判官も)は,起こった出来事については,当然そのような出来事が起こることを予測できた気がしてしまう強いバイアスを持ちます。
で,おそらくこのバイアスは,全精力を傾けても逃れることはできません。結果を知ってしまった後で,結果が生じる前の当時の状況を的確に想像できるようには人間の認識構造はできていません。

たとえば,現状で言うと北朝鮮が日本に核爆弾を落とす可能性がそれなりに高まっていますが,多分大丈夫だろうと思いながら生活しています。
でも,実際,核爆弾を落とされてしまった上で振り返れば,なんであれだけ危機的状況が迫っているのが分かっていながら,避難もせず,「まあ大丈夫だろう」なんて思えたのだろうという気がするわけです。たいてい,過失を問われてしまう人の意識は,そういうものだろうと思います。確かに,今言われてみればそういう危険があることは予見できたけれど,周りの人もそれほど危険を意識した行動もしていないし,そこまで気をつけることとは思わなかったと。
で,爆弾を落とされた後になって,核爆弾を落とされることが予見され,それを回避する(たとえば子どもを連れて国外や爆弾が落とされにくそうな田舎に避難する等)注意義務があったのに,それを怠ったと言われてしまうのが過失責任ということです。

医療過誤で医者が逮捕されたり,認知症の老人が起こしたことの管理責任を問われたり,企業活動上の事故でトップが突然刑事責任を問われたりなんていう「あれ?」というような出来事が起こってしまうのは,過失責任論という人間の認識バイアスや,事後法の禁止という基本的な法理念に反した概念が根拠となっているのだと思われます。

ですから交通事故のように事前に法律によって注意義務が明示されている場合以外は,過失責任については,もっと謙抑的に運用しないとならないと思われます。

時間ケチ

4月 26th, 2017

ケチというと普通は金銭面で支出に(場合によっては過剰に)渋いことです。
私自身は,本来的にはそれほどお金にケチではないと思うのですが,既に10年以上にわたって山あり谷ありで事務所の運営をし,マキャベリの言葉に触れ,ケチであることは自分の職務上の義務として捉えています。
もし,「私自身は,本来的にそれほどケチでない」という部分に事務所内の人が「何言ってんだ!」と思ったら職務としては上々かなと思います。

ところが,時間については,おそらく本来的にとてもケチです。
とにかく,何事であれ無駄な時間がでることがストレスで,とにかく早く終わらせようと思います。その結果,概ねいつも暇です。金があるのにケチというのと同じで,暇なのに時間ケチということです。

今までは,これは自分にとってよい習慣だと思っていました,ドラッカーをはじめ時間の貴重性を説くビジネスの言葉は無数にあります。そして,自信を深めていたのです。

でも最近,お金にケチな人が本来のお金の有用性,お金がもたらす幸福等を味わえないのと同じことになっているのではないか,という気がしてきています。何事につけ,早く終わらせることに注意と興味と楽しみがいって,そのときにしていることそのものの充実感を味わうことがおろそかになっているのではという疑念が生じてきています。

だからといって,お金のケチがそうそう気前良くなったりすることはないし,なったらなったらなったで一気に破綻する危険もあるのと同じで,そうそう考えの習慣を変えるのは難しいと思います。
でも,多少は自分の時間ケチな発想について懐疑的になろうかと思っています。