個人法務へのこだわり

9月 13th, 2017

当事務所の特徴は,個人法務にこだわっているということです。
他にも個人法務をたくさんやっている事務所はありますが,相当程度の顧問先があって,ある程度(3割でも5割でも)顧問先なり有力紹介先があるような事務所であれば,
人情として1級顧客(顧問先の紹介であり,決して失礼のできない相談者・依頼者)と普通顧客(1級程の緊張感が伴わない相談者・依頼者)という区別が生じることになります。

そこで,はじめて弁護士を依頼せざるを得ず,自分で弁護士を探して当事務所を探して来た方に誠意をもって接する上では,個人法務に重点を置くことが大切だと思っています。

なお,「そうなると弁護士を探すにはやはり紹介だな。そうすると大事にしてくれる」と思う方もいるかもしれませんが,実は違います。
そのような場合,弁護士の考え方としては「得意な分野ではないが,紹介があるし断るわけにはいかないので受任しよう」→ほとんどわからない不得意分野でも依頼を受けてしまう。
そういう状況で後悔して,当事務所にセカンドオピニオンを求めてくる方は珍しくありません。

または「相談者が言っていることは裁判では通らないが,断るのもカドがたつので依頼を受けて提訴してみよう。負ければ納得されるだろう(変わった裁判官にあたって勝つかもしれないし)」→弁護士費用がかかった上で当然のごとく敗訴。
しがらみがなければ,気分を悪くされることも承知で「無理なものは無理。お金の無駄」と説明します。

そんな次第で,社会全体として,個人法務の一流の弁護士事務所の存立基盤を考えると,紹介先中心でない業務体系をもった事務所ということになるのだと思います。

もっとも,何事も例外があります。当事務所では建築分野については,建築士兼弁護士の吉岡津が所属していますので,建築分野については顧問先中心業務を行っています。

エースと4番は出会うもの

9月 12th, 2017

弁護士の採用活動の流れが変わってきたようなので,このたびは早く動き出すことになりました。
季節外れな感じもしますが,少ししたら採用活動にいそしむことになりそうです。

当事務所のコンセプトである「個人法務のリーディングファームを目指す」という観点からすると,
将来なんらかの分野の第一人者になるような方,なるのではないかと思わせるような方,
せめて「意外にああいうのが大物になるんだ」というような方を採用することが採用方針になります。

第一人者を育て上げるというような,おこがましいことは考えていません。
事務所にできるのは,そういう人が(おのずと)育っていく環境を整えることだけだろうと思います。

おそらく当事務所は,個人法務分野では,そのような方がのびのびと能力を発揮する環境としては,
事件の内容,他の弁護士の関与の程度,仕事上の裁量等様々な面で最良だろうと思います。
なにしろ,そういう観点で事務所を運営していますので。

素晴らしい人に出会うことを期待しつつ,季節外れの採用活動に向かおうと思いながら,当ブログに事務所紹介的なことを書いていこうと思います。

タイトルは野村克也さんの言葉です。

4K

8月 21st, 2017

今の家に引越して14年程経ちます。その頃買った家電製品が最近どんどん壊れていきます。大きなところでは,リビングのエアコンとテレビです。
それなりの出費で困るのですが,新しさに対する好奇心で多少なりとも埋め合わせをしてくれればと思います。
特にテレビは,HDMI端子すらなくて不便だったのですが,今のテレビはそのような接続も必要ないくらいテレビ単体でなんでもできそうです。とはいえ,最近テレビは大河ドラマと朝のニュースと朝のドラマくらいしか見ておらず,子どもの勉強諸々の生活パターンからすると,これ以上テレビを見る時間が増えることもなさそうです。

家電製品同様,体も色々ガタが増えてきて,今のところ交換はできないので,なんとかやり過ごすしかありません。ここ何年かは定期的に肩が痛くなります。いわゆる40肩とか50肩の類かと思います。この土日は,とりわけひどくて,普段土日の行っているドライブや水泳といった活動,さらには疼痛により読書も集中力を欠いて駄目です。

というわけで,最新のテレビをしっかり味わってみることにしました。
アマゾンプライム会員なので,結構色々と無料でみることができます。今までのテレビだとアマゾンプライムビデオの装置(電源が必要)を,HDMIと何かの端子の変換コネクター(これ自体にも電源が必要)を接続して(電源が足りないので,延長コードをリビング横断させて)と結構面倒だったのですが,新型ではテレビ自体でみることができます。
で,4K映像というものをみてみましたが,確かにだいぶ細く写ります。人間の肌は,女優だろうがなんだろうが徹底的に凸凹しています。つまり現実に人間がみているものよりも詳細なものが目に飛び込んでくる感じです。そのあと普通のハイビジョンをみましたが,今まで細かいとおもっていた映像が細かく注意するとぼやけて見える気がします(たとえば,髪の毛一本一本の明確さ等)。こんな細かさが必要なのかはよくわかりませんが,それなりにびっくりしました。また,これだけの細かな画像を無線LAN経由でストリーミングで見ることができるのも驚きです。さらに,アマゾン自身が色々番組を作って配信している(しかもプライム会員はこれを無料で見ることができる)ということも初めて知りました。番組制作配信といった業界もアマゾンと競争しなくてはならなくなっているようです。

肩の痛みはさっさと消えてほしいですが,普段とは違う土日を過ごすきっかけにはなりました。

追記:これを書いて少ししたら湯沸かし器も壊れました。なかなか大変です。

低迷

7月 12th, 2017

久しぶりにスワローズネタです。

どうにもならないくらい低迷しています。
が,実を言うと一昨年に一瞬優勝したので目がくらんでいますが,その前は2年連続最下位なので,長いこと低迷が続いているというのが正確なところだと思います。
その原因も個人的は明らかだと思っていて,2年連続最下位のあたりで,その原因に思い当たっていたのですが,思わず優勝したので自分の考えが誤っていたのだと思いました。
でも,一瞬の優勝があっただけで,やはり駄目なようです。

で,その原因は監督だとか,投手力だとかそういった問題ではなくて,スタッフ全体の人事政策だと思います。
低迷期開始あたりから,スワローズのコーチや監督はほぼすべて(完全にすべてかも)ヤクルト元選手です。
ヤクルトと無縁でも能力のあるコーチを連れてくる気は全く無いようです。
つまるところ完全に発想が内向きで,これはおそらくコーチ,スカウト,渉外担当,健康管理等のありとあらゆるスタッフがこのような考えをもとに職務に配転されているのだろうと思います。
低迷の表面的な原因の第一は,若い選手が全く育っていないことです。ここ何年かのドラフト1位で戦力になったといえるような選手は2010年の山田哲人以来いません。この年だってクジがあっていたらハンカチ王子が入団して戦力にならなかったと思いますので,その前だと2007年の由規ですので,それ以来10年にわたって戦力になっていないことになります(野手であればレギュラー,先発投手であればせめて1年でも10勝あたりを基準)。つまり,スカウトが全く機能していないのは明らかです。
そして,ドラフト2位以下の選手,特に高卒の選手を丁寧に育て上げる育成能力も全く機能していません。これも,山田中村以来2軍でじっくり育てて一人前になったような選手は出てきていません。概ね,1年目にパッと僅かに活躍仕掛けて,その後見なくなるという状況が何年も続いています。2軍コーチに育成能力がないことは明らかです。
次の原因は,怪我が多すぎること。この原因はよくわかりませんが,少なくとも内輪の論理を優先して,怪我を抜本的になくすためにやらなくてはならない,誰が嫌がる人事が行われていないのだろうと推測されます。

というところで,このあたりに大鉈を振るうようなことをしない限り,監督を高津や宮本や古田にしたところで変わらないだろうと思います。
むしろ,監督を外部から連れてきたほうが,何人かは外様のコーチもはいるだろうから,少しは期待がもてる気がします。

ヤクルトのぬるま湯な人事政策は,私は好ましいと思っています。野球選手とはいえ,ヤクルトに入団した選手は選手をやめてからもそれなりに考えてもらえているようなので,とてもよいと思います。でも,本当を言えば野村ヤクルト時代の選手のように,準レギュラークラスでもコーチとして他球団から引っ張りだこになるような状況こそが理想だろうと思います。
また,素質ある選手がまともな育成もなされず,なんとか育っても怪我をしやすい環境で野球をせざるを得ないというのはどうみてもよくありません。
元ヤクルト選手の生活保障という点では大事にしてほしいのですが,ある程度は野球の現場以外の仕事をしてもらって,野球の現場には波風を立てるが有能な外様をもっと多く入れてほしいと思います。

自動運転技術を信号機に

6月 19th, 2017

車の自動運転について,話題になることが多くなっています。
私も,かなり便利な運転アシストに助けられています。
とはいえ,さらなる発展には色々とデータ収集も必要なようです。

ところで,自動運転にあたっては歩行者等の動きを認識することが必須で,そのセンサーを安くするにはできるだけ量産することが望まれましょう。
であれば,まずは信号機につけてもらいたいものです。

信号機も,少し前までは,押しボタン式にしたり,感応式にしたりと,なんとか無駄な赤信号を防ぐ努力が行われていたようですが,ここ数十年は完全に改善努力をサボっているようです。
強いていえばLED化程度の非本質的な改良程度でしょうか?
未だに,誰も渡らないのに歩行者用信号のために車が赤になったり,全く交差道路に車が来ないのに赤信号を待っていたりということがあります。
このような問題は,自動運転に搭載予定のセンサーを信号機につければ,簡単に解決する問題のはずです。
信号機に必要なレベルの認識すらできないのであれば,車はうごかせません。信号機であれば認識漏れがあっても,赤になる時間が長くなるだけです。その場合には,すぐに苦情がくるでしょうから(その番号もしっかり広報しておけば),センサーの問題の検証にはうってつけでしょう。 ,

政府主導で自動運転を推進するのであれば,政府が関与しやすい信号機についても旗振りをしてもらいたいものです。

 

共謀罪より過失

5月 19th, 2017

共謀罪について,色々と反対意見等があるようです。
実際に大変なことになるかは,私にはわかりません。

ただ,実際に今運用されている法律の中で,それなりにデタラメ感があるのは過失責任という考え方です。
民事上は,過失によって人に損害を与えれば,その損害を賠償することになっています。
刑事上は,過失によって人を傷害するなりすれば,処刑されます(特に,「業務」という意味不明の要件がつく場合は重罪です)

過失というのは「わざとではない」という消極的な要素もあるのですが,過失があったかなかったかについては,次のように考えることとされています。

損害を与えるなりの結果が予測できたかどうか→結果が予測できたのであれば,それを回避するためにどのような注意をするべきだったか→その注意する義務を怠ったら過失あり

ということです。
結局,問題となるのはどのような注意義務があったかということで,これが交通事故の場合であれば,その注意義務の内容は道路交通法に細かく規定されています。

でも,交通事故以外の多くの場合,あとから裁判所が状況を判断して,このような注意義務があったと決めて,遡及的に処罰します。
人間(人間が裁判官をやっている場合は裁判官も)は,起こった出来事については,当然そのような出来事が起こることを予測できた気がしてしまう強いバイアスを持ちます。
で,おそらくこのバイアスは,全精力を傾けても逃れることはできません。結果を知ってしまった後で,結果が生じる前の当時の状況を的確に想像できるようには人間の認識構造はできていません。

たとえば,現状で言うと北朝鮮が日本に核爆弾を落とす可能性がそれなりに高まっていますが,多分大丈夫だろうと思いながら生活しています。
でも,実際,核爆弾を落とされてしまった上で振り返れば,なんであれだけ危機的状況が迫っているのが分かっていながら,避難もせず,「まあ大丈夫だろう」なんて思えたのだろうという気がするわけです。たいてい,過失を問われてしまう人の意識は,そういうものだろうと思います。確かに,今言われてみればそういう危険があることは予見できたけれど,周りの人もそれほど危険を意識した行動もしていないし,そこまで気をつけることとは思わなかったと。
で,爆弾を落とされた後になって,核爆弾を落とされることが予見され,それを回避する(たとえば子どもを連れて国外や爆弾が落とされにくそうな田舎に避難する等)注意義務があったのに,それを怠ったと言われてしまうのが過失責任ということです。

医療過誤で医者が逮捕されたり,認知症の老人が起こしたことの管理責任を問われたり,企業活動上の事故でトップが突然刑事責任を問われたりなんていう「あれ?」というような出来事が起こってしまうのは,過失責任論という人間の認識バイアスや,事後法の禁止という基本的な法理念に反した概念が根拠となっているのだと思われます。

ですから交通事故のように事前に法律によって注意義務が明示されている場合以外は,過失責任については,もっと謙抑的に運用しないとならないと思われます。

時間ケチ

4月 26th, 2017

ケチというと普通は金銭面で支出に(場合によっては過剰に)渋いことです。
私自身は,本来的にはそれほどお金にケチではないと思うのですが,既に10年以上にわたって山あり谷ありで事務所の運営をし,マキャベリの言葉に触れ,ケチであることは自分の職務上の義務として捉えています。
もし,「私自身は,本来的にそれほどケチでない」という部分に事務所内の人が「何言ってんだ!」と思ったら職務としては上々かなと思います。

ところが,時間については,おそらく本来的にとてもケチです。
とにかく,何事であれ無駄な時間がでることがストレスで,とにかく早く終わらせようと思います。その結果,概ねいつも暇です。金があるのにケチというのと同じで,暇なのに時間ケチということです。

今までは,これは自分にとってよい習慣だと思っていました,ドラッカーをはじめ時間の貴重性を説くビジネスの言葉は無数にあります。そして,自信を深めていたのです。

でも最近,お金にケチな人が本来のお金の有用性,お金がもたらす幸福等を味わえないのと同じことになっているのではないか,という気がしてきています。何事につけ,早く終わらせることに注意と興味と楽しみがいって,そのときにしていることそのものの充実感を味わうことがおろそかになっているのではという疑念が生じてきています。

だからといって,お金のケチがそうそう気前良くなったりすることはないし,なったらなったらなったで一気に破綻する危険もあるのと同じで,そうそう考えの習慣を変えるのは難しいと思います。
でも,多少は自分の時間ケチな発想について懐疑的になろうかと思っています。

無会議

4月 18th, 2017

前回に引き続き,よりアクティブな事務所と比べた当事務所の運営上の特徴です。

当事務所では,いわゆる会議というものがほとんどありません。
もちろん「会議ではなく朝礼である」というような準会議もありません。

私が参加しない簡単な会議は年に数回あるかもしれませんが,私を含んだ会議はこの1年1回だけ,昨秋に試験的にやっただけです。
つまり無権力ですがワンマンで独裁体制ともいえます。専制君主は議会を招集する気がないのです。

事務所が6箇所に散らばっていて集まるのが面倒というのもありますが,今はPCさえあればテレビ会議ができ,テレビ会議はさしたる手間もなくできます(そのためのカメラも数年前に購入した配布したこともあります)。なので,会議の必要を感じれば,会議を開くことはできると思いますが,今のところ必要も感じず,要望もありません。

会議を開く理由について考えてみると,1つはやはり方針の徹底です。
私の考えていることは事務所内の掲示板に書きます。皆,読んでくれているはずですが,たまにアレッということもあります。
そうすると会議でも開いて,情報伝達を徹底したくなる誘惑に駆られます。
会議というよりは,面と向かって方針を教育する集会ということです。より効果的にするために,方針に沿った意見を言ってもらうといったことで,情報伝達に対する不備を補いところです。
ただ,面と向かって言っても,そもそも関心がなければ聞かないでしょうし,聞いていても,それが行動にまでなるには会議以外にも様々な過程が必要そうです。そんなことで,方針伝達会議を実施したい誘惑もありますが,集合をかける程の気力が沸かないということかもしれません。

次に諸事項の決定です。
でも新しいアイデアは思いついたら,気分が乗っているうちに即実行がよいと思いますので会議の決済なんて面倒です。
あとは,諸々どうでもよい決定事項です。こういうのは沢山あります。A案とB案のどちらかを選ばなければならない,正直,どっちも一長一短です。こんなものはクジで決めても,じっくり議論しても,先のことはわからない以上,同じことです。こんなものは適当に私が決めてしまって,私が決めたということだけ明示しておけば十分な気がしています。ただ,この手のことも決定のストレスはそれなりにありますので,皆で決めたという形にしたくもなります。

あとは根回し的なところです。やはり重要な事項については,事務所内の意見を聞かずに決めるわけには行きません。
でも意見のない人まで会議に集めるのも無駄な気がします。ということで,所内掲示板で叩き台となる案を出して,意見を募集し,意見がなければ実行,意見があったら修正,撤回ということをしています。もちろん,本当は貴重な意見を持っているけど,掲示板には書いてくれない人もいるかもと思いますが。
さらに,もう少し気持ちを入れる必要がある事項は,関係ありそうな人に個別聴取して決めるということもあります。指名は私のカンなので,皆を会議に集めた上で募集したら隠れた逸材が参加してくれるかもしれません。

強いて会議的なものがあるとすると,私と誰かが話していて,たまたま近くにいたもう一人の意見も聞きたくなって「ちょっといい?」と呼んで3人くらいで話している状況がそうかもしれません。

まあ,そんなところで,迷いつつも会議が開かれていません。
そこそこの規模の事務所で働きたいと思っている人にとって,事務所会議は(好きな人は別として)それなりに面倒な出来事なのではないかと思います。
そのような想定のもと,当事務所は,会議に煩わされずに,本来の弁護士業務に専念できる事務所という側面はあるのではないかと思っています。

また,当事務所の弁護士に電話を頂いた際に,「ただいま打合せ中です」という回答をすることもあります。これも,所内会議ではなく,他の依頼者等との打合せ中ということです。

 

無権力

4月 14th, 2017

昔の話が続き,老化の影に警戒感がつのります。
内容を切り替えます。

ここ半年ほど,当事務所よりはるかに大規模だったり,急成長していたりする弁護士事務所や税理士事務所の代表の話を聞く機会が続いています。
そういう機会があると,当事務所における運営スタイルを客観視することができ,特徴が浮き彫りにされてきます。

そのひとつが,代表である私の権力のなさです。
これは,当事務所の皆が私の言うことを聞かずに好き勝手にしていて,どうにもならない,という話ではなくて,事務所の仕組みやマネジメントスタイルとして,そういうことになっているということです。

色々話を聞く中で人事評価権限が権力の源泉となる(当たり前のことというニュアンスのもと)という話を聞いて,なるほど実感しました。当事務所では,私が何らかの評価をして待遇に反映するという仕組みが弁護士であれ,事務スタッフであれ当事務所には存在しません。
あまり考えていませんでしたが,これは他の事務所とは大きく異なるあり方のようです。

それぞれ容易に予想される一長一短はあり,おそらく当事務所のスタイルでは急成長は難しいかもとも思います。が,まあどちらがよいかというのは人知の及ばないところでしょう。いずれにしろ,当事務所が今のスタイルなのは,私が精神的に虚弱であり評価権限というプレッシャーがきついことや,出来事の評価を人間がなしるうことに懐疑的だという私の性格や考え方に依存するところもあると思います。もちろん,現在のあり方が最善と思っているわけでもないので,仮に評価制度を導入するとしたらどういうものにするかということは,常に考えてもいます。

評価しないのは逃げているだけかなと思うこともありますが,アドビ等の先進的な企業で業績評価を廃止しているトレンドがあるという話もあり(それが当事務所のようなものなのかはわかりませんが),必ずしも不合理ではないようです。
少なくとも,内部的なコミュニケーションについて真意からなのか評価目的なのかということを考えずに済むことや,中傷を聞かずに済むことは,マネジメント業務に専念する上では大きなメリットを感じることができています。

 

春山

4月 13th, 2017

少し前のことですが,雪山訓練をしていた高校生が雪崩の犠牲になりました。
犠牲になった方は気の毒ですが,こういう行事がなくならないことを祈って,昔のことを書きます。

実は,私も高校2年から高校3年にあがる春休みに,県が主催していると思われる春山講習会(つまり雪山での行動訓練。場所は八ヶ岳)に参加しました。
山岳部というのは特殊で,基本的に他校との交流はありません。
そういう中で,唯一,他校の生徒も参加する行事がこの春山講習会でした。
他校が参加するからといって交流を深めたりするわけではないのですが,やはり他校の連中が我々に比べてどうなのか,というのは気になるところなので,強い興味がわく行事です。

さらに,雪山では,アイゼンやピッケル,その他ヤッケとかオーバミトン,スパッツ等の衣類といった特殊道具を使えます。
こういうものを使ってみたいという興味はありますが,自分の学校単独で雪山に行くということはないので,特殊道具を使ってみることができる貴重な機会が春山講習会でした。

実際,何をしたか詳細な記憶はないのですが,横岳(南八ヶ岳のほうの横岳)の山頂で穴を掘って風を防いだこと(これは教わったのではなく,勝手にやってみた),下り坂でグリセードといって靴をスキーのようにすべらせて滑り降りたこと,滑落停止訓練というのをうまくできないと,どこぞの熱心な先生に「死んだー」と叫ばれていた(つまりそのようなやり方では現実の環境では滑落を止めることはできないことの強い表現)こと等はいまも覚えています。

ところが,この手の行事に参加するというのは顧問の先生方にとっては面倒で負担です。
我々の期は,人望ある部長がいたおかげで,顧問が面倒な行事にも色々つきあってくれたのですが,上の代のとき(つまり私が高校1年から2年にあがる春休み)は春山講習会には参加できませんでした。

その代わりに上級生により決行されたのが丹沢登山です。丹沢は我々にとってホームグラウンドのようなところで,大したことはないはずでした。雪山道具を少しでも使えたらという希望もあったようで,特殊用具ももって行きました。この登山は,よく事情は覚えていませんが,顧問はおらず生徒のみで行われました。

ところが,2日目の朝,目が覚めたら,一面銀世界の雪山が待っていました。上の代はともかく,我々は特殊道具の使い方等知りません。
何度となく,滑落(つまり雪のなかで制御不能になって相当距離滑ってしまうこと)がありましたが,上級生の山行継続の意思は強く2日目の幕営(檜洞丸の山頂)が行われます。

翌朝,さらに状況が悪化します。夜間にさらに雪が降り続き,翌朝には十分な雪がまんべんなく積もって道が全くわからなくなります。勝手知ったる東丹沢であれば,カンで進めたかもしれませんが,あまり来たことがない西丹沢ではどうにもなりません。
どうにもならないまま停滞(行動できずにテントで様子見)します。我々のテント(我々の代3名が止まるテントで上級生はいない)は入り口のチャックが壊れていて,風や雪がそれなりに入ってきます。しかも,誰かが気を聞かせて(つまり,どうせすぐ帰ってくるだろうという見通しのもと),本来の指示された量よりも大幅に少ない灯油しか持ってきていませんでした。その結果,寒さを凌ぐために,夜間照明用のろうそくの火をで暖をとりながらシャウトを繰り返す状況でした。
そんな中,別のパーティがあらわれ,下山道に踏み跡をつけていってくれます。雪は降り続いていますので,すぐに行動しないと踏み跡は消えてしまいます。ようやく上級生の英断がなされ,踏み跡と辿って下山がはじまります。途中,踏み跡が消えかけて間違えた方に降りてしまって登り直したり等ありましたが,全員無事で戻ってくることができました。

今となってはよい思い出ですが,遭難すれすれだった気がします。
この出来事のきっかけは,上級生が春山講習会に参加できなかった悔しさだったと思っています。

そんなわけで,やはり春山講習会のような行事は継続したほうが,よいのではないかという気がしています。