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日本の倫理学?

土曜日, 11月 29th, 2025

卒業した学部の哲学系の専修課程(学科のようなもの)は、哲学、中国哲学、インド哲学、倫理学に分かれていました。
哲学は西洋哲学、中国やインドは名前の通り。倫理学は西洋哲学をやる人と日本のことをやる人に分かれていました。
私は倫理学で西洋哲学系だったのですが、当時、日本系のほうが元気でした。日本系では、本居宣長がどうのとか話していたのですが、全く興味をもてず不思議な感じがしていました。



さて、ここのところ、インド人の考えに興味が出てきていて、ヒンドゥーなりヨーガなりウパニシャッドなりというあたりの本を読んでいました。そうすると、仏教との関係にも興味がでてきて、仏教系の本もちらほら。でも、仏教系の本を読んでいても、あまりにも日本での仏教としてイメージしていたものとかけ離れていて、なんだかよくわかりません。ブッダの教えと異なることは想定内だったのですが、大乗仏教の話も自分の仏教イメージとのつながりがつかみにくいです。



大乗仏教の教えと、日本で一般的な仏教のイメージとがしっくりこないのは、日本の仏教では「人は死んだら、特に努力しなくても誰もが成仏できる(ブッダになれる)」という理解が、広く共有されているように思えるからです。そうだとすると、ブッダになるための道を示す大乗仏教の教えの意義がわからなくなります。
「死んだら仏になれる」と言い出したのは誰だ、なんて検索してみると親鸞あたりがでてきたりします。日本起源?
「人間が死んだら神になる」というイメージはむしろ神道的な感じがします。仏教は、神道を含めた日本の民族宗教的なものに飲み込まれて同化されてしまったような気がしてきます。
なんてウダウダを考えていたところ、そもそも日本の民族宗教的なものについて、ほとんど理解していないことに気が付きました。



でAmazonで色々みていると、本居宣長あたりが出てきたりします。ふとみると、私より4歳程年下で倫理学専修課程の後輩が書いている本を発見。倫理学専修課程は、日本と西洋あわせての学年あたり5~7人程度の小世帯ですので、親近感がわき思わず購入。



本居宣長だけでなく、折口信夫とか和辻哲郎とか、当時、日本系の人たちがワイワイ議論していたときに出てきた言葉が色々でてきて懐かしく思いました。



もうちょい、日本のことを読んでいこうかと思います。