Archive for 11月, 2011

今日は宅調

水曜日, 11月 30th, 2011
今日は、宅調日です。
初の宅調日です。

で、宅調(たくちょう)とは何でしょうか?
これはネットで検索すると、業界用語のようです。
しかも、弁護士も司法修習を過ぎると耳にしなくなる言葉で、
裁判所の中での業界用語と思われます。
自宅起案と言っていた気もします。
(起案というのは書面を作成するという程の意味で、これも業界用語)

裁判官は、自宅で仕事をすることを宅調といいます。
自宅で仕事をするので裁判所に出てこない日を、宅調日といいます。
人によりますが、週に1回くらいとっていた気がします。

私が民事の司法修習をしていたとき、行政の役所に出向していて
戻ってきたばかりの裁判官が言っていました。
役所にいたころは、役所にいるということが仕事という感覚だったが、
裁判官になると自分がいる場所が仕事という感覚だ。

そんなわけで、世間的にみればサボっているようにしかみえない
宅調ですが、普通の公務員や会社員と働く感覚が違う裁判官に
とっては、宅調日もれっきとした仕事日です。

さて、私は裁判官ではないのですが、今日の午後は宅調日にしてみました。
子供が外で遊んでいる間の、自宅の鍵番を兼ねてです。
弁護士も、家でできる仕事・勉強はそれなりにあるので、週に半日位、
宅調日を作ることはできそうです。
逆にそのほうが、しっかり勉強する時間ができるような気がします。

家に帰ったとたん、昼寝をしたい強い誘惑に駆られましたが、
スーツのままでいることで、逃れることができました。

子供は、外から帰ってきても、私の仕事オーラに押されて、
ほとんど話しかけもせず、殊勝に本を 読んでおとなしくしています。
今日は、子守ではなく、あくまで宅調なんです。
たまに、「腹が減った」とブツブツ言っていますが。

星座は簡単

火曜日, 11月 29th, 2011
世の中には,星座と言うものがあって,古来道しるべになったり,
占いに利用されたり,珍重されてきました。

と言っても,都会の夜空は明るすぎて,ほとんどよく分かりません。
私も,子供の頃に習った以上は興味もなく,
オリオン座と 北斗七星,カシオペア座くらいしか分かりません。

ところで,週末に山小屋に行くと,星がよく見えるときがあります。
いつでも見えるか,というとそうでもなくて,
曇っていれば見えませんし,月が明るいと,あまりよく見えません。
たまに満天の星空が見えると,驚きます。

星が見える日は,星空観察をしようかという 気もありましたが,
夜は寒かったり,蛾が多かったりで,なかなか重い腰があがりません。
何とか,外に出ても,木々の間に見える星はなんだか訳が分からず,
そのうち,首が痛くなって,早々に引き上げるという状況でした。

でも,いずれは子供に星を教えるために,ぐるぐる回して,
星座の位置を出すシートのようなものを昔利用した記憶があるので,
あれを探し出して購入する必要があるな,と思っていいました。

ところが,ふとgoogle sky mapというものがあることを知りました。
スマートフォンにインストールして,スマートフォンを星空に
かざせば,位置情報と,方位情報と,重力方向の情報を利用して,
目の前の星座がスマートフォン上に出るというのです。

そこで,試してみました。
寒いので家からは外に出ず,窓からのぞきます。
あまりにも簡単です。
とりあえず,星空のオリオン座を見つけ,スマートフォン上の
オリオン座と重ねて,かざし具合のコツをつかみます。
かなり,簡単に,他の星も簡単に見分けがつきます。

オリオン座の隣の双子座や,カシオペア座のとなりの
ペガスス(ペガサス?)座なるものも,すぐに判明しました。
木星らしきものも,発見です。
惑星の位置は,ぐるぐるまわすシートでは
再現できないと思われるので,さすがです。

子供が寝てから試したのですが,
これで簡単に子供も 星座を把握できそうです。

弁護士は、どの程度法律に詳しいのか

金曜日, 11月 25th, 2011
法律に関する国家資格としては、弁護士以外にも、司法書士とか行政書士があり、
税理士も税法という面では法律資格です。
その中でも、弁護士資格は、試験を通るために、要求される法律知識量がとても
多いので、一般には、世間で一番法律に詳しいのは弁護士です
(なお、裁判官も 詳しいですが、資格としては弁護士と同じです)。

では、どの程度、詳しいのでしょうか?

日本の法律全てに精通しているような人は、存在しません。
おそらく、日本の法律の名前だけでも、全部知っている人もいないかもしれません。
いたら、弁護士ではなくクイズマニアかもしれません。

弁護士がよく使う模範六法という六法がありますが、そこに出ている法律全部に精通している
弁護士も多分いません。
全部読んだことがある弁護士も、ほとんどいないと思います。

いわゆる六法と言われる憲法、民法、商法、刑法、刑事訴訟法、民事訴訟法
を暗唱できる人もいないでしょう。
基本の六法に書かれていることを概ね、把握していること、
これが本当は法律資格としては、必要なのでしょうが、
これを出来ている弁護士もほとんどいないと思います。

通常の一般民事といわれる弁護士の仕事は、民法だけ把握していれば、
8割がたの仕事は何とかなります。
その民法で、何がどこら辺に書いてあるのか覚えているけど、
正確な記載は自信ないから、念のため確認しながら仕事する。
私は、だいたいこのレベルかなと思います。

「うわーひでー」と思うかもしれませんが、弁護士間の情報交換や
メーリングリストでの質問をみたり、相手方弁護士の書面をみると
このレベルに達している弁護士も少数派のようです。
「そんな質問するなよ、それは民法のあのあたりに書いてあるだろう」
ということは少なからずあります。

というわけで、弁護士の法律知識というのは、随分、たいしたことないようですね。
でも、弁護士になる人はいわゆる文系的な記憶力等にかけては、
人間の中でも最上位に位置する人のはずです。
そういう人が覚えたり把握できないのですから、法律が人間の能力に比べて
複雑すぎるとしかいいようがないでしょう。
「資格をとった後に継続的に勉強しないからそうなるんだ」と いう意見もありえますが、
多分、六法の内容だけ把握し続けるだけでも、仕事時間よりも勉強時間を
長くするような生活にしないと無理かもしれません。

結局、それでも、何とか回っているということです。
その理由は、前回書いたように、日本の民事司法は
実質的に正しい結論に持っていくことを最優先しますので、
「まず結論ありき 」ということが多いからかもしれません。
法律を逆手にとったトリッキーな手段は通用しないので、
法律知識を増やすことが、勝ちに結びつきにくく、
むしろ実質的な価値判断をいかに説得的に
主張できるかということにエネルギーが向くのかもしれません。
 

判例。判例。

木曜日, 11月 24th, 2011
法律相談をしていて、相談者から判例がどうのこうの、と言われることがあります。
この件について、判例はどうなっているのか?
とか
判例がそうなんているので仕方がないんですかね
とか。

まあ、正直どうでもよいので、「さあ、どうでしょうね」なんて言いますが、
別にごまかしているわけではありません。

だいたいこういう場合に、「判例、判例」なんて言っているのは、
下級審の裁判例、つまり、最高裁判所の判断以外の裁判を言っていることが多いようです。

大事さの順番で言うと、
①一番大事なのは、実質的に結論が妥当かどうか
②次に、法律の条文に書いてあること、最高裁判所が何と言っているか、

で、ずっと劣って
③下級審の裁判所や学者が何を言っているか
というのが私の感覚です。

何といっても①が大事ですが、結論が妥当かどうかは
様々な観点から検討(当方の立場だけでなく、相手の立場、さらにルールとして一般化できるか等)
が必要なので、そのセンスが法律家として一番大事なところだろうと思います。

で、①さえしっかりしていれば、通常は変な結論を導く条文や最高裁判所の判例はあまりないので、
概ね大丈夫ということになります。
仮に、形式的にみて、変な結論になりそうな場合は、法律解釈で妥当な結論に持っていくというのが
通常のあり方です(そういう意味で、漫画チックな法律の抜け穴というものはほとんどありません)
でも、たまに①で妥当と思ったことに反する法律や最高裁判所の判例があったりすることもあり、
その場合に、①の考えが本当に正しかったのかと、再度、考えることになります。

で、依頼を受けた件等で、念入りに検討する必要があるときに、
③の下級審の裁判例を利用して、検討した価値判断に漏れがないかチェックする。
という感じでしょうか。

実際、裁判の場では、下級審の裁判例を裁判官に見せたところで、
その裁判官が違う考えであれば、
「私はそういう考えをしませんから」
「まあ、色々な考えがある点ですからね」
と言う程度の扱いのことが多いです。
もちろん、裁判官も色々な方がいますから、他の裁判官の判断を参考にしたがる
人もいますが、少数派の気がします。

下級審の裁判例調査を重視するかのように思われてしまうのは、
日本の裁判経験が少ない国際派弁護士がアメリカ流で判例調査が弁護士の仕事であるかのように吹聴しているからか?
ホームページの情報を出すネタとして、裁判例紹介が楽だからか?
情報収集が好きな人が、自分の存在価値を高めるために、こういう裁判例を知らないようじゃ弁護士失格だね!
何て言っているからか?

よく分かりません。

私自身は、事件の見通しをお話しする上では、①の実質的に妥当だという結論を
自分がどの程度の確率で裁判官を説得する自信があるか、とい観点で決めていることが多いです。
大半の裁判官を説得できるかな、
半分位の裁判官なら分かってくれるかな、
頑張れば柔軟な考えの裁判官なら分かってくれるかも
なんて具合です。

なお、裁判例不勉強の言い訳で書いているわけではありません。
しっかり下級審裁判例も勉強しています。
でも、それは「こういう裁判例がある」という知識を出すためではなく、
①の感覚をブラッシュアップするためです。

弁護士の倫理研修

金曜日, 11月 18th, 2011
先日,弁護士会の倫理研修というものがありました。
だいたい5年ごとに強制的に受講です。

大学で倫理学を研究していた私に,倫理を研修してくれるとは
いったいどこのどなたでしょうか?
という話ではありません。
哲学者の倫理についての考えをご教示いただくのではなく,
弁護士実務の際,ルールの問題として悩ましい問題の研修です。
そうであれば,倫理等と大げさな名前をつけなければよいのですが,
一時期,弁護士が守るべきルールを弁護士倫理規定という名称で
成文化していたことがあるので,そういう名前の研修なのでしょう。

さて,今回のお題は弁護士報酬の決め方についてです。
つまり,法外な報酬を決めたらイカンということの研修ですが,
それだけでは「はいそうですね」で終わりですので,
実務上,決め方が難しい具体例を出して,それに対する
意見交換をするという内容です。

そしてポイントは,
①事件の着手金は経済的利益に応じて決める。
②しかし,依頼当初は経済的利益の把握が困難
なので,

依頼者が事件の見通しを納得してくれず多めに請求する場合や
見通しが大幅に異なって,わずかしからお金をとれなかったとき
どうするか といったことです。

でも,①はそうする必然性はありません。
単に,昔弁護士が守る必要があった弁護士報酬規定が
そういう形になっていたというだけで,報酬が自由化された現在では
着手金を経済的利益に応じて決める必要はありません。

でも①に固執する限りは,色々難しい問題が発生するということです。

当事務所では,着手金は基本的には経済的利益と無関係に
予想される手間の量に応じて決めますので,
今回の倫理研修で想定される悩ましい問題は無縁です。
(なお,当事務所でも報酬金は経済的利益に応じて決めます。
事件終了時は比較的経済的利益が分かりやすいし,成功を依頼者と分かち合うためです。)

それでも多くの事務所が惰性で,着手金を経済的利益に
応じて決めていますので,おかしなことが起こります。

たとえば,とりえず相手に慰謝料請求しようというときに,
200万請求ではじめると着手金は16万円
500万円の請求ではじめると着手金は34万円
なんていうのが旧報酬規定の考えです。
また,不動産がかかわる事件では,固定資産の評価証明なり
査定書なりなんなりがないと,弁護士費用が決められない
なんていうのも旧報酬規定ではよく困りました。

というわけで,今回の倫理研修は惰性で不合理な報酬規定を
利用している弁護士にだけ,有り難い講習だったということでした。

ただ,意見交換の中で,少なからず
「そういう場合は,手間の程度に応じて着手金を決める」
という意見もあったので,当事務所の決め方の正当性を確認できたのが収穫でした。
「そういう場合」に限らず,いつも手間に応じて決めればよいと思うのですが。

 

プログラム道楽

月曜日, 11月 14th, 2011
趣味といえる程のものではありませんが,司法修習中に
簡単なコンピュータのプログラムの仕方を覚えました。
業務を合理化するアプリケーションを作るのは
好きな作業です。

最近ご無沙汰していたのですが,事務所内でWEBアプリを
作りたい等の要望があり,いろいろ見ていたところ,
マイクロソフトが,無料で色々提供していたので,
思わずダウンロードし,試してみました。

たまに,プログラムを組んでみることは,
まず自分が馬鹿になっていないか,確かめる上で
有効です。
どうしても,法律は論理が緩いところがありますので,
法律ばっかりやっていると論理的な思考ができなくなって
しまうのでは,というおそれがあります。
でも,プログラムは,極めて論理的な作業ですので,
目的を達成するためのプログラムがつらつら
思いついて,書いてみて,動くと
馬鹿になっていなかったと少しほっとします。

また,プログラムを書いていても
たいていすぐに,つっかえます。
そして,必死に調べて,色々試すうちに,
問題点をクリアできます。
その作業の繰り返しです。
弁護士仕事も似た面があるのですが,
よりシンプルかつ迅速に,挫折と乗り越えが
経験できますので,安易に達成感を感じることができます。

そんな感じで,久しぶりにプログラムを書いて
動かしてみる道楽をしました。

 

契約書の日付

水曜日, 11月 9th, 2011
契約書にはたいてい日付欄があります。
契約書の題名に比べて,日付は大事です。

契約書等は,「ある約束をした」という 出来事を
書面で形で残しておくものです。
そして,法律家,特に裁判官の思考過程としては,
出来事は日付で把握します。
ですから,何月何日に,これこれの約束をした。
という事実であれば,出来事して意味がありますが,
日付がなく,「これこれの約束をした」というのは
裁判官の思考過程に乗りにくくなります。
そんなわけで,日付は法律上の書面
→つまり,最終的には裁判で意味がある書面
として形を整える上では,日付はとても重要になります。

さらに,契約の特定という点でも,日付は重要になります。
お菓子を3つ買う契約をして,そのあと2つ買う契約をして
そのあとまた,3つ買う契約をしたときに,
初めの契約と3つめの契約を区別するには,通常
何月何日付契約と何月何日付契約というように区別します。
それぞれ,日付がない契約書だと,区別しにくくなります。

また,同じ契約について,複数の書面があって内容が矛盾している場合,
あとで作成された書面で,前の書面の内容を取り消したと考えることが
多いです。
そうすると,書面の前後関係が大事になって,やはり日付が大事になります。

日付だけでなく,時間もあったほうがよいのでは?
と思うかも知れませんが,裁判で問題となるような契約を
1日に2つもすることは通常ないので,日付だけで通常は大丈夫です。
でも,通常ではない場合で,1日に複数の似たような契約をする場合は
日付も入れた方がよいかも知れません。

契約とは違いますが,破産の決定のように,ある出来事が
破産決定の前か後かとても大事なものについては,
日付でなく時間も表示されます。